Story ストーリー プロローグ

kokone

新宿某所にそびえ立つカーキ色の雑居ビル。
いつも大勢のお客さんでにぎわうほかのフロアとは違い、ひっそりと静まり返ったここ3階に、
私たちの所属する《鵜鳥芸能プロダクション》はあります。
ちょっと覗いていきますか?
これといって面白いものがあるわけでもないのですが、せっかく来てくださったわけですし。
あ。自己紹介が遅れてしまいましたね。

私はkokone。
アイドルグループ《VOCADOL》のメンバーです。
《VOCADOL》、ご存知ありません?……やっぱり知らないですか。
うーん、残念。ちょっとは知名度も上がったかと思ったけど、まだまだなんだなあ。
もっとレッスンを頑張らなくっちゃ。

あ。ごめんなさい。今のはひとりごとです。
さあさあ、遠慮なんてしなくていいですよ。どうぞ、ソファにお座りください。
美味しいシナモンティーでもお淹れしますから。

mizki

「お帰りなさい、kokoneちゃん。……あら? お客様?」

事務所内にいたのは、メンバーイチ頼りになるMIZKIお姉さま一人だけ。
あれ? このあとレッスンがあるはずなのに、みんな、どこへ行っちゃったんだろう?

「何人かはお隣さんへクッキーのお裾分けに出かけてるわ」

なるほど。ラピスがまた、大量に作りすぎちゃったってわけか。
あの子、クッキーを作り出すと止まらなくなっちゃうからなあ。

「きゃああああああああああっ!」

うわ。びっくりした。
今の悲鳴って、隣の部屋から? どうしたんだろう?
あ。お隣さんは探偵事務所なんです。
もしかしたら、なにか事件が起こったのかもしれません。

蒼姫ラピス

「大変ですっ! 大変なのですっ!」

血相を変えてやって来たのは、《VOCADOL》のラピスちゃん。
ラピス。一体、なにがあったの?

「お隣にクッキーを届けに行ったんですけど、探偵さんはお留守で……ドアに鍵がかかっていなかったから、無用心だなと思いつつ中に入ってみたんです。そうしたら……ああああ」

恐怖に目を大きく見開いたまま、わなわなと身体を震わせるラピス。

「いきなりCULが襲われて……腕からたくさんの血が……。早く助けてあげないと」

え? それってつまり、探偵事務所に忍び込んだ不審者が、武器を手に襲いかかってきたってこと?

「……はい。ものすごく怖い顔をしていました。大きな目玉をぎょろぎょろと動かしながら、鎌を振りかざして飛びかかってきて……」

誰よりも男勝りなCULがあっさりやられてしまうなんて、敵は相当なツワモノらしい。 早く助け出さないとヤバいかも。

「メルリも一緒にいたはずでしょう? 彼女はどうしたの?」

いつもは冷静なMIZKIお姉さまが、慌てた様子で尋ねます。
メルリはラピスのお姉さん。妹と違って、ちょっとやそっとのことでは動じない性格のはず。

「メルリは……ぐるぐる巻きで身動きが取れない状態なのです」

えええ? まさか縛られちゃったの? これはホントに一大事。今すぐ助け出さないと。 でも、どうやって? CULさえもあっさり倒してしまう凶悪犯を捕まえるなんて、私には到底できそうにないし……。
犯人は探偵さんに用事があってやって来たわけでしょう?
私たちはただ隣に事務所を借りているだけで、あの探偵さんとは無関係のひよっこアイドル。そのことをきちんと説明すれば……。

「無駄です。日本語のわかる相手ではありませんから」

なになに? つまり、犯人は外国人ってこと?
屈強な外国人レスラーの顔が脳裏をよぎる。
うーん。ますます勝てる気がしなくなってきたよ。
私が頭を抱えたそのときだ。

Lily

「ハロー! エブリバディ!」

「どうしたの? みんな、なんだか今にも泣き出しそうな表情を浮かべてるけど」

床にひざまずいてがくがくと震えるラピスの背後から現われたのは、帰国子女Lilyと運動神経抜群少女鳥音の2人。
グッドタイミング!
英語の話せるLilyと誰よりも身軽な鳥音なら、凶悪犯をやっつけることだってできちゃうかも。
事件のことを2人に説明しようと私が口を開いたそのとき。

CUL

「助けてくれっ!」

凶悪犯に襲われたはずのCULが、メルリを抱きかかえながら室内へと駆け込んでくる。
ラピスがいっていたとおり、彼女の右腕には血のあとが。
よほど恐ろしい目に遭ったのか、メルリは気を失っているようだ。
CULの背後に漂う不気味な気配。
彼女たちのあとを追いかけてきたのは――

「……え?」

CULに続いて事務所内に飛び込んできたのは、大きな目玉をせわしく動かし、鋭い鎌を振り上げる恐ろしい凶悪犯……ではなく、可愛らしいカマキリ1匹。

蒼姫ラピス

「いやああああっ! 誰かどうにかしてくださーいっ!」

室内に響き渡るラピスの悲鳴。
あの……ラピス。まさかとは思うけど、CULたちを襲った凶悪犯っていうのは、もしかしてこのカマキリのこと?

「そうですよ。ものすごく悪そうな顔をしているでしょう?」

…………。
心配して損しちゃった。
MIZKIお姉さまと顔を見合わせる私。
いや。ラピスはまだ理解できるとして、誰よりも男勝りなCULがカマキリを怖がるなんて一体どういうこと?

「ボク、小さいときにカマキリのお腹からうねうねと動く寄生虫――ハリガネムシだっけ? あれが出てくるのを見て以来、どうもカマキリだけは苦手で」

右腕の傷をかばいながら答えるCUL。
カマキリに襲われたくらいで、そんな怪我はしないと思うけど。

「ああ、これはカマキリに驚いて転んだときにすりむいただけ」

メルリが気絶しているのはどうして?

「お隣さん、全然掃除をしていないから、あちこち蜘蛛の巣だらけでさ。部屋に入った途端、蜘蛛の巣が顔に巻きついて、そのまま気を失っちゃったってわけ」

ああ。そういえば、メルリは蜘蛛の巣が大の苦手だったっけ。

烏音

「まったく……人騒がせなんだから」

私たちの話を黙って聞いていた鳥音がシャツの袖をまくる。

「とにかく、そのカマキリを捕まえれば、一件落着なんでしょ? だったら、わたしに任せといて」

そういって、颯爽とカマキリに近づいていく鳥音。 目の前にいるのが鎌を手にした凶悪犯だったら、映画のワンシーンみたいだったんだけどね。 身の危険を察したのか、素早く室内を移動し始めるカマキリ。

「Lily、そっへ行ったよ。挟み撃ちにしちゃおう」
「アイシー。任せてください!」

2人の美少女に追いかけられ、あたふたと床を駆け回るカマキリくん。
なんだか、カマキリが気の毒に思えてきちゃう。迷い込んだ場所がよくなかったね。

「いやあ、こっちに来ないでえええっ!」

床にひざまずいたまま、悲鳴をあげるラピス。

「カマキリの目って、キレイなエメラルドグリーン色なのね。まるで翡翠みたい。こんな色の髪飾りがほしくなっちゃったわ」

泣き叫ぶラピスの横で、うっとりとした表情を浮かべるMIZKIお姉さま。

「捕まえるときは、絶対におなかを押しちゃダメだよ。お尻からハリガネムシが出てくるかもしれないから」

幼い頃の記憶がよほどトラウマになっているのか、青い顔でそう忠告するCUL。

「…………」

メルリはCULの腕の中で、相変わらず気を失ったまま。

「ウェイト! ウェイト!」

大声をあげながらカマキリを追いかけまわすLily。

「ちょこまかちょこまかと逃げ足の速い奴ね」

軽やかなステップで跳ね回る鳥音。

「よーし。壁まで追い詰めた。カマキリくん、覚悟!」

杏音

鳥音がそう口にしたそのとき。
ブブブブブ
羽音を立て、宙高くへと舞い上がるカマキリくん。
嘘!? カマキリって空を飛ぶの?
カマキリなんてちっとも怖くないと思ってた。
でも、予想外の行動をとられたら話は別。
女の子って生き物はたいてい、強引すぎるアプローチにはドン引きしてしまうものなのだ。

「いやあああああっ!」
「ひい」
「うわっ!」
「あわわわわわわ」
「こっちへ来ないでえええっ!」

阿鼻叫喚とはまさにこのこと。
事務所内は大パニックに。

「……うるさいなあ。なに、騒いでるの?」

そこへやって来たのは、いつも眠たそうな顔をしている杏音ちゃん。
彼女は大好物のメロンパンを頬張りながら、ぼんやりとした表情で私たちを見回す。
自分と同じ色をしたメロンパンを仲間と勘違いしたのか、カマキリは杏音ちゃんのもとへ。

「杏音ちゃん、危ない!」
「……え? あ。カマキリ」

メロンパンの上にふわりと舞い降りるカマキリくん。

「へえ。カマキリにも、このメロンパンの美味しさがわかるんだ」

嬉しそうに微笑む杏音ちゃん。

「だけど、あげない。これはあたしのものだから」

彼女はためらうことなくカマキリをつまみあげると、そのまま窓の外へポイッ。
そのあとはなにごともなかったように、メロンパンをモグモグモグ。
……さすが杏音ちゃん。
なにはともあれ一件落着。
みんなの間からこぼれる安堵のため息。

kokone

「これでレッスンに集中できるわね」
「だけどどうして、こんな都会の真ん中にカマキリなんているわけ?」
「隣の部屋、なんだかよくわからない草まで生えてたし、ちゃんと掃除したほうがいいと思うなあ」

確かに、そのとおりだ。蜘蛛の巣くらいならまだかまわないが、そのうちゴキブリでも出てきたらたまったものではない。

「まったく……私たちがこんな目に遭ってるっていうのに、隣のぐーたら探偵はどこへ行っちゃったの?」
「きっと、またパチンコだよ。お客さんが来たらどうするつもりなんだろう?」
「あんなどうしようもない探偵のところに、お客さんなんて来ないでしょ?」

……お客さん?
あ。ああああ! すっかり忘れてた!

ソファに座ったまま、呆然と私たちの騒動を眺めていたあなたに駆け寄る私。
ごめんなさい。お隣の探偵さんに用事があって、訪ねていらしたんですよね?
もう少しお待ちいただければきっと帰ってくると思うのですが。
え? 急いでるのですか?
娘が大切にしているハムスターがどこかに逃げちゃったから見つけてほしいって?
それならば、私たちにお任せください。私たちの団結力、ご覧になったでしょう?
え? 団結していたようには見えないって?
心配ありませんってば。私たち、これまでにもたくさんの難事件を解決してきたんですから。
あ。その顔は信用していませんね。
だったら、これまでに私たちが解き明かした難事件の数々をこれからお話ししてさしあげましょうか?
美味しいシナモンティーとクッキーでも食べながら。

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